国語の授業が散らかる本当の理由|問いを増やすほど、子どもは考えなくなる

私は、国語の授業で「問いをたくさん出すこと」は、必ずしも良いことだとは思っていません。
むしろ、問いが増えれば増えるほど、子どもは「何を考え続ければいいのか」を見失っていく。
これは、何度も授業を失敗してきた中でたどり着いた、私なりの結論です。

発言は出る。話し合いも盛り上がる。
それなのに、授業後にふと立ち止まると──
「で、今日は何を考えた時間だったんだろう?」と、自分でも答えられない。

その原因は、子どもでも教材でもありません。
多くの場合、問題は「問いの出しすぎ」にあります。

この記事では、国語授業が散らかってしまう理由を「問い」という視点から徹底的に掘り下げ、
私自身が実践の中で「捨ててきた問い」「残した問い」をはっきりさせながら、
授業を一本の芯で支える「太い問い」という考え方を提示します。


📘 本記事の思想的な土台になっている一冊
国語を「気持ち当て」や「感想交流」から引き離し、
言葉・変化・根拠で読む授業へと組み替える視点は、次の一冊から大きな影響を受けています。
「国語の授業を根本から立て直したい」と感じている先生には、この記事とセットでおすすめです。


目次

私は、次の発問をほぼ使わなくなりました

  • 「どう思った?」で終わる問い
  • 「他には?」を連発する問い
  • 太い問いと関係のない「自分だったら?」

これらは一見、子どもを動かしているようで、
実は思考の軸を壊していく問いです。

問いを増やしていた頃の私は、
子どものためではなく、沈黙が怖かった自分のために問いを出していました。


失敗談|問いを出しすぎて、授業が空洞になった話

ある物語文の授業で、私は一時間に10個以上の発問を出しました。
授業は盛り上がりました。笑いも起きました。

でも、最後にこう聞いたのです。
「今日、何を考えた時間だった?」

返ってきた答えは、
「楽しかった」
それだけでした。

そのとき初めて、
問いを出しすぎると、思考は深まらないという事実を突きつけられました。


国語授業を立て直す「一本の太い問い」

太い問いとは、
授業の最初から最後まで、考え続ける価値のある問いです。

  • 教材の一番大きな「変化」を説明できる
  • 本文の言葉に何度も立ち返れる
  • 授業の終わりに、もう一度答え直せる

問いを一本に絞ると、
発言は減ります。沈黙も増えます。
でも、その沈黙の中で、思考は確実に動いています。


実践編|問いを減らすと、授業はこう変わる

私が今やっていることは、驚くほどシンプルです。

  • 教材研究では「変化・ズレ」だけを見る
  • 問いは一文だけ決める
  • 授業中は、その問いに戻し続ける
  • 振り返りは「今の自分の答え」を書かせる

これだけで、国語の授業は
「にぎやかな時間」から
静かに考えが更新される時間へと変わります。


まとめ|問いを減らす勇気が、授業を変える

国語の授業がうまくいかないとき、
私たちはつい「もっと問いを工夫しよう」と考えがちです。

でも、本当に必要なのは逆でした。
問いを減らすこと。捨てること。割り切ること。

一本の問いを信じて、授業を最後まで貫く。
その覚悟が、子どもの思考を守ります。

もし今、国語の授業に迷っているなら、
問いを足す前に、ぜひ一度、問いを削ってみてください。


📘 もう一度、立ち返りたい一冊
本記事の考え方を、より体系的に、理論と実践の両面から支えてくれるのが次の一冊です。
「国語を“雰囲気の教科”にしたくない」と思う先生に、強くおすすめします。

けーわい先生
小学校教員
1987年生(メッシ世代)
ハウツーよりもコンセプト
子どもを主語に教育活動を!!
自分の人生も豊かにしよう!!
先生が一歩踏み出す勇気がもてるブログへ
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次