働き方改革の罠|部活動「廃止」の裏で切り捨てられる子供たちの志と教育の成果

「負担軽減」という心地よい響きの裏で、これまで築き上げてきた教育の成果までバッサリと伐採されていく。今の「働き方改革」の流れに、私は強い危機感を抱いています。

部活動。たしかに教員の大きな負担であることは否定しません。しかし、それを「0か100か」の議論で切り捨てて、本当にいいのでしょうか?

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部活動が守ってきた「居場所」と「実績」

部活動は、単なる「放課後の運動」ではありません。学校における託児機能としての側面、そして何より生徒同士の繋がりを深め、生徒指導案件を未然に防いできた「防波堤」としての成果があったはずです。実際、部活動が形骸化した地域で中学校が荒れていく話を、私は嫌というほど耳にしています。

また、金管バンド部のように、一般家庭では立ち入れない専門的な領域へ、学校が門戸を開いてきた実績はどう評価されるべきでしょうか。初心者の顧問やパワハラなど、解決すべき課題があるのは事実です。しかし、だからといって「即廃止」とするのは、あまりに短絡的です。

「部活をなくせば解決」という甘い考え

何よりショックなのは子供たちです。「中学に行ったらサッカー部に入るんだ」と目を輝かせていた子が、入学早々に廃止を突きつけられ、途方に暮れたあの絶望的な顔。私は今でも忘れられません。

教員の多忙化解消は急務です。しかし、部活をなくせばすべてが解決するという考えは甘いと言わざるを得ません。X(旧Twitter)界隈では、「NOと言えない奴が悪い」と頑張る教員を糾弾する論調も見かけますが、それは断れない状況にある同僚への逆恨みではないでしょうか。

「負担」をかなぐり捨てることはできない

そもそも、プロフェッショナルとして「顧客利益(子供の成長)」を追求する以上、一定の負担を被るのは当たり前です。より良いサービスを求める資本主義の原理の中で、頑張ることは避けられません。

外部指導者の導入も一見妙案ですが、結局そこでの不満やトラブルの窓口は学校になります。「学外のことですから」と突き放せる先生が、今の現場にどれだけいるでしょうか。責任を外部に投げても、結局は学校に戻ってくるのが現実です。

上意下達ではなく、自分の頭で考える

私が求めるのは、成果を維持しつつ負担を減らす「現実的な知恵」です。

  • 手当の抜本的な拡充(ボランティアからの脱却)
  • 校務分掌の思い切った軽減
  • 休部制度などの柔軟な運用

上から降ってくる「改革」を無批判に受け入れるのではなく、目の前の子供たちにとって何が最善か。自分の頭で考え、行動できる教師でありたい。少なくとも、私はそうあり続けたいと思います。

世間の風潮や「働き方改革」という言葉に流されそうになったときこそ、自分の中に揺るぎない「教育の軸」を持つことが必要ではないでしょうか。


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けーわい先生
小学校教員
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