中学校1年生を担任していると、思わず耳を疑うような言葉に出会う場面があります。
「先生、それってウザくないですか?」
「べつに、関係ないし」
とくに、心も体も大きく揺れ動く時期の女子生徒たち。昨日まで笑顔で話していた子が、今日突然、氷のような視線を向けてくる。そんな時期です。
彼女たちの心に寄り添おうとすればするほど、また良かれと思って正論を言えば言うほど、目の前の壁が高く、分厚くなっていくように感じることもあるかもしれません。
今回は、「正しいことを、淡々と言う」という指導のあり方について、私自身の失敗と経験を振り返りながら、その本質を考えてみたいと思います。
感情をぶつけ合うと、指導は「負け」になる
反抗期の生徒と向き合うとき、つい教師も一人の人間として感情等になってしまうことがあります。
生意気な態度や、あからさまな無視。それらに対して「なんでそういう態度をとるの!」「真面目に聞きなさい!」と、つい語気を強めてしまう。かつての私も、まさにこの罠に何度もはまっていました。
けれど、教師が感情をぶつけ合ってしまった瞬間、それはもう「指導」ではなく、単なる「大人のケンカ」に格下げされてしまうのではないでしょうか。
生徒、特に思春期の子どもたちは、大人が感情的になる瞬間を驚くほど冷静に、よく見ています。
声を荒げた教師に対して、彼女たちは表面的には黙るかもしれません。しかし、心の中では「先生を怒らせてやった」「大人の感情をコントロールできた」と、ある種の『勝利』すら感じていることがあります。
感情の土俵に乗ってしまった時点で、こちらが本当に伝えたかったはずの「正しさ」や「ルール」は、すべて感情の嵐にかき消され、彼女たちの心にはもう届かなくなっているのです。
「淡々と」がいちばん強い
あるとき、授業中におしゃべりを続ける女子生徒のグループがいました。
周りの生徒の迷惑にもなっている。何度か注意をしても、彼女たちはにやにやしながら「はーい、すみませーん」と、あからさまに聞き流す。クラス全体に、少し不穏な空気が流れます。
以前の自分なら、ここでイラ立ちを募らせ、「いい加減にしなさい!」と声を張り上げ、力づくで黙らせようとしていたでしょう。
しかし、そのときはふと踏みとどまり、意識して感情を一切排除してみました。ロボットのように、ただ客観的な事実だけを、静かな声で伝えたのです。
「今は、周りの人が授業に集中するための時間です。おしゃべりを続けるなら、授業のあとで個別に理由を聞きますね」
声を荒げず、早口にもならず、表情も変えない。ただ「淡々と」です。
すると、彼女たちは一瞬きょとんとした表情を見せ、拍子抜けしたように静かになりました。
感情的に反発して「ウザい」と言いたくても、こちらに感情の隙(突っ込みどころ)がないため、反発のしようがなかったのです。
「淡々とした正しさ」は、感情のボリュームをいくら上げてもかき消すことができない。静かな言葉のほうが、怒号よりもはるかに強い力を持つことを知った瞬間でした。
淡々と言うために必要な「3つのマインド」
では、実際に生徒の前で「淡々と」あり続けるためには、私たち教師の側にどのような心構えが必要なのでしょうか。私は次の3つのポイントが重要だと考えています。
1. 揺るがない「ブレない基準」を持つ
淡々と言えるのは、自分の中に「これは絶対に正しい」という明確な基準があるからです。
指導の基準がその日の気分や相手の生徒によって曖昧だと、生徒の反発に直面したときに「えっと……」と動揺し、それを隠すために感情的になってしまいます。
- 「人が話しているときは、耳を傾ける」
- 「誰かを傷つける言葉や行動は、絶対に許さない」
こうした、学校生活におけるシンプルで一貫した基準を、自分の中に深く根張らせておくこと。これが、感情に振り回されないための土台になります。
2. 「嫌われる覚悟」を腹にくくる
正しいことを言えば、その瞬間、生徒から嫌われることは避けられません。
特に思春期の生徒は、注意されたことに対して、一時的に強い敵意を向けてくるものです。「あの先生、超ムカつく」と陰口を言われることもあるでしょう。
けれど、教師の側に「生徒に好かれたい」「嫌われたくない」という下心があると、言うべき言葉が鈍り、語気がブレてしまいます。「今は嫌われても構わない。いつか伝わればいい」と、良い意味で腹をくくれるかどうかが、淡々とした指導の強さを支えているのです。
3. 個人を否定せず、「行動」だけを扱う
淡々と言うときに最も気をつけているのは、その子の「人格(キャラクター)」ではなく、今目の前にある「行動」だけを切り取って伝えることです。
「あなたはいつも態度が悪い」「だからダメなのよ」という言い方は、主語が「あなた(人格)」になっており、生徒の自尊心を攻撃します。
そうではなく、「今のその行動は違う」「その言葉遣いは良くない」と、主語を「行動」に置くのです。
こうすることで、生徒側も「自分自身を全否定されたわけではない」と感じ、心のシャッターを完全に下ろさずに、こちらの言葉を受け止める余白が生まれます。
淡々とした指導の先にある、本当の信頼関係
面白いもので、感情的に叱らず、淡々と筋の通った態度で接し続けていると、あれほど反抗的だった生徒のほうから、少しずつ変化が見られるようになります。
廊下ですれ違ったときに小さく挨拶をしてくれたり、ふとした瞬間に、トゲのない普通の口調で話しかけてきたりするのです。
彼女たちは、大人のことを観察し、常に「試して」います。
- 「どこまでやったら、この先生は本気で怒るだろう?」
- 「感情的になって、自分を見捨てるんじゃないか?」
- 「この大人は、本当に信用できるのか?」
反抗期という不安定な時期だからこそ、大人の境界線を確認したくて仕方がありません。
その必死の「試し」に対して、私たちが感情の波で返すのではなく、岩のように一貫した態度と正しさで応え続けること。
「この先生は、私がどんな態度をとっても、感情で動かない。いつも同じ基準で見てくれている」
そう感じたとき、生徒は静かに、しかし強固な信頼を寄せ始めるのかもしれません。
おわりに
正しいことを伝えるのに、大きな声も、威圧的な態度も必要ありません。
むしろ、静かに、淡々と、ブレずに差し出す言葉のほうが、子どもの心の奥深くまで、長く残り続けることがあります。
反抗期の生徒に向き合い、日々エネルギーをすり減らしている先生方。
感情で勝とうとしなくて大丈夫です。深呼吸をして、あなたの中にある「正しさ」を、ただ静かに目の前に置いてみてください。
それこそが、一番勇気のいる、そして子どもたちに一番よく効く、大人のスタンスなのだと思います。
