懇談で保護者を暑い廊下で待たせない──「待合室」を学年に提案した話

夏の三者懇談。教室の中はエアコンが効いている。でも、ドアの外はどうだろう。

廊下に並べられたパイプ椅子。そこに座って順番を待つ保護者。夏の校舎の廊下は、率直に言って暑い。仕事を抜けて、あるいは下の子を連れて、時間をつくって来てくれた保護者が、汗をぬぐいながら待っている。懇談の中身をどれだけ丁寧にしても、その手前でこの環境はないだろう——ずっと引っかかっていた。

今回は、この「廊下待ち問題」に対して、空き教室を待合室にするという提案を学年に出した話と、そこから考えた「現場の小さな改善提案の通し方」について書きたい。

目次

なぜ、保護者は廊下で待つことになっているのか

考えてみれば不思議だった。校舎には、その時間使われていない教室がいくつもある。エアコンの効く部屋が空いているのに、保護者は廊下のパイプ椅子で待つ。

理由を探ると、たいてい答えは「昔からそうだから」に行き着く。誰かが意図して廊下待ちを設計したわけではない。ただ、誰も変えようと言い出さなかっただけ。学校にはこの種の「前例の惰性」が、あちこちに転がっている。

そして、廊下で待つ側の気持ちは、待たせる側からは見えにくい。教員は懇談中、エアコンの効いた教室の中にいるからだ。立場を入れ替えて想像しない限り、この問題は問題として認識されない。

「待合室」の提案

そこで学年に出したのが、シンプルな提案だ。懇談期間中、空き教室を1つ「待合室」として開放する

エアコンを入れ、椅子を並べ、「懇談をお待ちの方はこちらでどうぞ」と掲示する。それだけだ。コストはほぼゼロ。準備は初日に10分。それで、保護者は涼しい部屋で順番を待てるようになる。

下の子を連れた保護者なら、廊下で子どもを静かにさせながら待つ負担も減る。早めに着いた保護者も、気兼ねなく座れる場所ができる。小さな変更だが、来校する側の体験は確実に変わる。

小さな改善提案を通すために考えたこと

この提案を出すとき、意識したことがいくつかある。学校で何かを変えようとするとき、正しさだけでは通らないことを、これまでの経験で知っていたからだ。

一つ、「誰の負担も増えない」形にすること。新しい仕事が発生する提案は、内容が正しくても歓迎されない。待合室案は、鍵を開けてエアコンを入れて掲示を貼るだけ。管理の当番も巡回も必要ない設計にした。

二つ、「保護者のため」を前面に出すこと。学校は、教員の楽のためには動きにくいが、子どもと保護者のためには動きやすい組織だ。同じ提案でも、どの旗を立てるかで通りやすさが変わる。

三つ、完璧を求めず、まず今回だけ試す形にすること。「今後ずっとこうしましょう」は重い。「今回の懇談で試してみませんか」なら軽い。試して良ければ、次から自然と定着していく。

大きな改革をぶち上げるより、小さくて断りにくい提案を一つずつ。学校を変えるのは、案外そういう地味な一手の積み重ねなのだと思う。

「おもてなし」ではなく「当たり前の整備」

誤解のないように書いておくと、これは保護者への特別なおもてなしをしよう、という話ではない。来客に涼しい待ち場所を用意するのは、世の中の多くの場所で当たり前にやっていることだ。学校だけが「廊下でお待ちください」を続ける理由は、特にない。

そして、こうした小さな環境の整備は、めぐりめぐって懇談そのものの質にも効いてくる。汗だくで待たされてから始まる15分と、落ち着いて待ってから始まる15分。保護者の心持ちが違えば、対話の空気も違う。環境は、コミュニケーションの一部なのだ。

おわりに

暑い廊下のパイプ椅子は、誰かが悪意で置いたものではない。ただ、誰も疑問を持たなかっただけだ。だからこそ、気づいた人が声に出す価値がある。

職員室の会議で大きなことを語らなくても、「空き教室、待合室にしませんか」の一言なら、明日にでも言える。あなたの学校の廊下にも、同じ光景があるなら。小さな提案、一つ出してみませんか。

けーわい先生
小学校教員
1987年生(メッシ世代)
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