「全員を褒めない」に行き着いた私へ──『女性マネジメント』が示した、公平性のもう一つの答え

眞鍋政義さんの『女性マネジメント』を読みました。全日本女子バレーの監督として、ロンドン五輪で28年ぶりのメダルをもたらした人の組織論です。

タイトルだけ見ると「女性の扱い方」のハウツー本に見えます。実際、男女の違いについての著者の見立てがたくさん出てきます。でも教員として読み終えたとき、残ったのは別のものでした。ここに書かれているのは、権威が通用しない相手を動かすときの、普遍的な方法だということです。教室の話として読めます。


目次

「肩書が効かない相手」をどう動かすか

著者の見立てはこうです。男性の組織は肩書や実績への信頼で動く。上位者に従うことで秩序が保たれる。一方、女子選手は「人そのもの」を見る。嫌いなタイプなら、たとえ監督でも心の中では従わない。だから信頼関係を築くしか道がない——。

この男女の対比自体は、著者の経験則です。そのまま一般化していいかは分かりません。ただ、educators目線で読み替えると、後半の「信頼関係を築くしか道がない」は、いまの教室の子どもたち全員に当てはまります

「先生だから」という肩書は、もう子どもを動かしません。特に思春期の生徒は、教師という役職ではなく、その人そのものを見て、従うかどうかを決めています。つまりこの本は「女性の」マネジメント術というより、権威という前提が消えた場所でのマネジメント術で、それは現代の教室そのものです。

全体ミーティングより、1対1

著者は、チーム全体への訓示より1対1の対話を重視します。話しにくい選手には、マネージャーから趣味や好きな食べ物を事前に聞いておいて、会話の入口を仕込んでいたそうです。

世界一を目指す監督が、選手の「好きな食べ物」を調べている。ここに私は膝を打ちました。一斉に語りかける言葉より、一人に向けた小さな言葉のほうが人を動かす——これは、私が振り返りジャーナルで毎日やろうとしていることと同じ構造だからです。ジャーナルは、30人学級のなかに1対1の回路を30本つくる仕組みです。教師が子どもの「好きなもの」を知っている状態は、指導の土台として、思っているよりずっと効きます。

著者はまた、女性は人前での叱責や説教を、男性が考える以上に嫌うとも書いています。これも教室では性別に関係なく当てはまります。人前で叱られた屈辱は、指導の中身より長く残る。個別に、短く、が原則です。

公平性の武器は「数字の公開」

女子チームで著者が最重要としたのが公平性です。ここは、私にも苦い実感があります。

私は小学校で、女子バスケットボールを指導していた時期があります。一人のプレーを褒めれば、褒められなかった子の顔が変わる。それが積もると、チームの空気が変わる。公平であろうとした私がたどり着いたのは、「全員を平等に」→「それなら、全員を褒めない」→最後は「全員に反応しない」という、いま思えば笑うしかない着地でした。公平性を、指導者個人の器用さだけで実現しようとすると、どこかで破綻するのです。

眞鍋監督は、同じ問題にまったく別の答えを出します。

誰もが納得できて、チームに公平感をもたらすものはないものかと考え、たどり着いたのが数字でした。

選考も起用もデータを公開して説明すれば、異論は出ない。基準を、自分の胸のうちではなく、自分の外に置く。私が「全員無視」という袋小路に入ったのは、基準を自分の中に置いたまま公平であろうとしたからだと、この章を読んで整理がつきました。

ただしその直後に、著者はこうも書きます。「数字は非常に有用ですが、万能ではありません」。人間性や練習姿勢のような、データにならない要素も評価に加えるべきだと明言しています。この両論の持ち方が誠実で、教員の成績・評価の話とそのまま重なります。評価の透明性について書いた成績の付け方の記事と同じ着地です。基準を公開すること。そして、数字にならないものを見る目を捨てないこと。

「想定外をつくらない」という準備の思想

面白かったのは、女子チームは想定外への即興対応が男子より弱い、と見立てたうえで、著者が出した答えです。対応力を鍛えるのではありません。

想定外の事態への対応は、想定外をつくらなければ可能なのですから。

この一文が、私にはこの本のハイライトでした。弱点を鍛え直すのではなく、想定外そのものを消すまでシミュレーションを繰り返す。練習したことは試合で確実に出る、という強みに全部を賭ける。

これは特別支援教育の発想と完全に一致します。初めての場面が苦手な子に「臨機応変になれ」と求めるのではなく、リハーサルを重ねて「初めて」を消していく。不安を消すのではなく、不安の隣に「やったことがある」を積む。弱点を直すのではなく、強みが出る条件を整える——マネジメントの答えとして、教室と同じ場所に行き着いているのが面白い。

「5回中3回成功する距離」——課題設定の科学

本書に、輪投げの心理学実験が出てきます。モチベーションが最も高くなるのは、5回投げて3回成功する距離。簡単すぎても難しすぎてもやる気は落ちる。

授業の課題設定は、まさにこれです。全員ができる問いは退屈で、誰もできない問いは無力感しか残らない。「ちょうど半分より少し勝てる」難易度に課題を置けるかが、教師の腕の見せ所です。

本書にはモウリーニョ監督の言葉も紹介されています。「監督の一番大事なことは、いかにして選手のモチベーションを高い位置で保つか。監督はモチベーターである」。教師も同じだと思います。知識を運ぶ仕事ではなく、やる気の火を絶やさない仕事。

おわりに──「女性」と付いているが、読むべきは全教員

信頼関係・公平性・徹底した準備。著者が女子チームから学んだ3本柱は、そのまま学級経営の3本柱です。

男女の違いをどこまで一般化できるかは、読み手が慎重に判断すべきところです。ただ、「肩書では動かない相手と、信頼だけで仕事をする」経験を極限までやった人の記録として、この本は教員が読む価値があります。私たちは毎日、肩書が効かない30人と教室にいるのですから。


けーわい先生
小学校教員
1987年生(メッシ世代)
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