「時間割」を「週予定」に変えたら、子どもが見通しを語り始めた

朝の会や帰りの会に、連絡帳へ時間割を書き写す時間があります。黒板には「国 算 生 体」と一文字ずつ並んでいて、子どもがそれを順番に写していく、あの数分です。

あの時間は、何のための時間なのでしょうか。

私はこの形をやめて、「週予定」に切り替えました。1日ずつ書き写すのではなく、1週間分の予定を最初にまとめて渡す形です。

始めたのは10年ほど前になります。もともとは私の発案ではなく、先輩教員が5年生でやっているのを見たのがきっかけでした。良さそうだと思って、当時担任していた4年生で真似をしたのが最初です。

そこから、5年生でも続けました。次に2年生でも通用するか試し、知的障害特別支援学級でも配りました。高学年で覚えたやり方を、少しずつ下の学年へ降ろしてきた形です。

その2年生のクラスで、あるとき子どもたちに聞いてみました。「この週予定は、何のためにあると思う?」

見通しをもつため。準備をするため。そういう答えが返ってくるものだと思っていました。

実際に出てきたのは、違う言葉でした。

「じぶんのよていを かきこむため」

10年やってきて、いちばん驚いた一言です。この言葉が出るまでの話を書きます。

目次

時間割の書き写しは、誰のための作業だったか

連絡帳に明日の時間割を写す作業は、たしかに必要な情報伝達です。持ち物が分かり、家庭にも伝わります。

ただ、あらためて考えると、あの作業で子どもが手にしているのは「明日1日分の情報」だけです。今週があと何日あるのか、いつテストがあるのか、金曜に何が待っているのか。子どもは知りません。

一週間の予定を全部持っているのは、教師のほうでした。情報を小分けにして、一日ずつ渡していたことになります。

「見通しをもたせたい」と言いながら、明日のことしか渡していない。これでは、子どもが見通しを持てなくて当たり前です。

週予定は、大人でいうところの手帳です。もし私たち大人が、毎回「明日の予定」しか知らされなかったら、どうでしょうか。会議がいつあるのか、締切がいつなのか、前日の夕方にならないと分からない。落ち着いて働ける気がしません。一日一生、その日暮らしという考え方も嫌いではないのですが(笑)、少なくとも、子どもにだけそれを求める理由はないはずです。

ここで、「月の予定表も年間行事予定も配っているじゃないか」という声があると思います。たしかに配っています。

では聞き方を変えます。それをきちんと見ている子どもが、クラスに何人いるでしょうか。そして、それを見るようにする指導を、私たちは何かしているでしょうか。

配ったことと、届いたことは違います。月予定は多くの場合、保護者に向けて配られていて、家の冷蔵庫に貼られて終わります。子ども自身が自分の予定として扱う設計にはなっていません。情報を出したかどうかではなく、子どもが使える形で渡っているかどうか——問題はそこだと思っています。

週予定に変えるとは、情報の渡し方を変えること

やったこと自体は単純です。1週間分の予定を一枚にして、週のはじめに渡す。それだけです。

大きく変わるのは、子どもが自分で先を見られるようになることです。「木曜に図工がある」と知っていれば、水曜のうちに準備の話ができます。「金曜にテストがある」と知っていれば、いつ勉強するかを自分で決められます。これは、前日に知らされた子には構造的にできないことです。

ここで大事なのは、これが能力の問題ではなく、情報の問題だということです。子どもに見通しを持つ力がなかったのではなく、見通しを持てる材料が渡っていなかった。渡した瞬間に、使い始めます。

「毎朝書かせたほうがいい」という意見について

この話をすると、必ず出てくる反論があります。私も同僚から言われましたし、もっともな指摘だと思っています。主に2つです。

「黒板の字を書き写す練習をさせたい」——これは低学年ではとくに大きい理由です。板書を写す技能は、放っておいて身につくものではありません。

「毎日、予定を確認させられなくなる」——毎朝書くから毎朝見る。週に一度配って終わりでは、確認の習慣がなくなるのではないか、という心配です。

私の考えはこうです。

書き写しの練習は、連絡帳でなくてもできます。国語の板書でも、算数のめあてでも、写す場面は1日の中にいくらでもあります。「書き写す力をつけるために、時間割を書き写す」という組み合わせは、必然ではありません。

予定の確認も、週予定でもできます。むしろ、確認する対象が「明日の4時間」から「今週の5日間」に広がるので、確認の中身は濃くなります。

そして何より、見通しが持てることのほうが重要だと考えました。書き写しも毎日確認も、代わりの手段があります。でも、1日分ずつしか情報が渡らない形では、見通しだけは代わりが利きません。

漢字テストの予告が、意味を持ち始める

週予定にして分かりやすく効果が出たのが、テストの予告です。

週予定に「木曜日 漢字テスト」と書いておく。それだけで、子どもは「木曜にテストがある」という状態で月曜からの一週間を過ごすことになります。前日に知らされる場合とは、持っている時間がまるで違います。

これは「見通しをもつ」という抽象的な言葉が、いちばん具体的な形になる場面だと思っています。先が見えているから、今日の使い方を自分で決められる。予告は、そのための材料です。

週予定が、思わぬところで効くことがある

ここからは、はっきりした因果が示せない話として書きます。

まったく学校に来ていない子を担任したことがあります。その子が、「この授業には参加してみたい」と言ってきたことがありました。全部は難しいけれど、この時間なら、という形です。そこから、リモートでの授業参加や、別室登校をするようになりました。

これは週予定があったからかもしれない、と私は思っています。ただし、これは仮説です。他の要因もありますし、比較できる形で確かめたわけではありません。

それでも、そう思う理由はあります。学校に来ていない子にとって、学校の予定はいちばん手に入りにくい情報です。「明日の時間割」は、教室にいる子にしか渡りません。来ていない子には、そもそも情報が届く経路がない。

週予定は、そこが違いました。アプリで送れば、教室にいなくても手元に一週間分が届きます。紙のほうは、保護者が学校に来たときにまとめて渡していました。学校に来ていなくても、来週何があるかを知っている状態がつくれるわけです。

「行けるかどうか」ではなく「どれなら行けるか」を本人が考えられる。選べる状態になって初めて、「これなら参加したい」が出てくる。そういうことだったのではないかと考えています。

参加するかどうかを本人が選べる形にしておくことは、それ自体が支援になり得ます。学校に来づらい子とどうつながり続けるかは別の記事にも書きましたが、週予定も同じ系統の道具かもしれません。

いちばん効いたのは、意味を子どもと決めたこと

ただし、週予定を配るだけなら、それはただのプリントです。私が一番やってよかったと思っているのは、「この週予定は、何のためにあるのか」を子どもと話し合って決めたことでした。

もちろん、こちらの意図は先に伝えました。「見通しをもてるようにしたい」「自分で予定を決められるようにしたい」——そこを隠す必要はありません。ただ、教師の説明で終わらせなかったのが良かったのだと思います。伝えたうえで、「じゃあ、これは何のための紙だと思う?」と返した。

そこで返ってきたのが、冒頭に書いたあの言葉です。

「じぶんのよていを かきこむため」

私が想定していた「先を見るため」「準備をするため」は、どちらも学校の予定を受け取る側の話です。子どもが言ったのは、その紙に自分の予定を書き足すという話でした。学校から渡された枠に、自分の側から書き込む。所有者が入れ替わっています。

この一言が出た時点で、週予定は「配られたプリント」から「自分の予定表」に変わりました。意味を決めたのが子どもだったから、使うのも子どもになったのだと思います。

手順よりも、順番のほうが大事

週予定の実践は、フォーマットの話として語られがちです。何曜日を横軸にするか、持ち物欄を作るか、保護者のサイン欄はいるか。

ここに唯一の正解はありません。子どもと保護者の実態に応じて、その都度変えればいいと思っています。低学年なら書く欄を大きく、保護者の確認が必要な学級ならサイン欄を、行事が多い月なら備考を広く。実態が違えば、いい形も違います。

それよりも効くのは、渡し方の順番のほうです。

1. こちらの意図を、先にはっきり伝える
「何のためにこれを渡すのか」は、教師の側が持っていなければ始まりません。見通しをもたせたい、自分で予定を決められるようにしたい——その意図を隠して「どう思う?」と聞いても、子どもは答えようがありません。意図は先に、こちらから言う。

2. そのうえで、子どもの言葉に言い直させる
教師の説明だけで終わらせると、その紙は「配られたもの」のままです。伝えた意図を、子どもが自分の言葉でどう受け取ったか——そこまで出させて初めて、使う側のものになります。

3. 空白を残す
すべて埋まった予定表を渡すと、書き込む場所がありません。「自分の予定を書き込むため」という定義が出たなら、その定義が働ける余白が要ります。

配り方は、紙でもデータでもいい

形式にはこだわらなくていいと思っています。私自身、年によってやり方を変えてきました。

タブレットでPDFを配布した年もありますし、紙で配った年もあります。紙のときは、A4版とA6版の2種類を渡していました。A6はランドセルに入れておく用です。教室に貼ってある一枚とは別に、手元に持ち歩ける小さいものがあると、子どもは自分のタイミングで見られます。

大きい紙は「掲示するもの」、小さい紙は「自分のもの」。この使い分けは、やってみて良かった点です。

参考までに、この記事用に作ったテンプレートを載せておきます。実物ではなく、この記事の考え方(「じぶんのよてい」の欄を大きく取る)に合わせて作り直したものです。

週予定テンプレート(A4縦・掲示用)。月〜金の列に1〜6時間目・もちもの・じぶんのよてい・せんせいからの欄
A4版(掲示・配布用)。「じぶんのよてい」の欄をいちばん大きく取ってある
週予定テンプレート(A6・ランドセル用ミニ版)
A6版(ランドセル用)。同じ構成の縮小版

やってみて分かった注意点

いいことばかりではありません。

まず、全員がうまく使えているかは、正直なところ分かりません。書き込んで活用する子もいれば、そうでない子もいます。使いこなせている子だけを見て「効果があった」と言うのは違うと思っています。

もうひとつ、これは学年をまたぐ問題です。私が週予定でやってきたのは2年生以上で、1年生は毎日連絡帳を書く学級しか見たことがありません。つまり、週予定に慣れた子が次の学年で連絡帳に戻る、ということが起こります。その切り替えで戸惑った子はいたと思います。

だからこそ、最初の説明が大事になります。「これは今年のこのクラスのやり方だ」と分かっていれば、変わったときに対応できます。何のためのものか話し合っておくことは、次の学年への引き継ぎでもあるわけです。

いま考えている、折衷案

これは結論ではなく、現時点で行き着いている案として書きます。

2年生や3年生のうちは、連絡帳には「よどおり」とだけ書かせる形がいいのではないか、と考えています。「よどおり」=「週予定どおり」です。

こうすると、週予定で見通しを持たせながら、連絡帳を毎日開いて書く習慣は残せます。次の学年で連絡帳に戻ったとき、書く習慣そのものが消えていない状態で引き渡せる。「毎朝書かせたい」という意見と、週予定の利点を、両方取れる形かもしれません。

ただし、これはまだ試している途中の考えです。うまくいくかどうかは、これから確かめるところです。

保護者の反応

もうひとつ、想定していなかったことがあります。保護者から感謝されることが多いのです。

考えてみれば当然で、一週間の予定が最初にまとまって手元にあれば、家庭の側も準備がしやすくなります。持ち物の用意も、テストがある日の過ごし方も、家庭で前もって話せます。「明日は図工だから」と前日の夜に慌てる形とは、家の中の動き方が変わります。

週予定は子どものための道具として始めましたが、結果的に家庭にも見通しを渡していたということだと思います。

おわりに

「見通しをもたせたい」という言葉は、学校でよく使われます。ただ、そう言いながら、見通しの材料を教師が握ったままにしていることがあります。私の連絡帳がそうでした。

やったことは、1日分ずつ配っていた情報を、1週間分まとめて渡しただけです。特別な指導技術は使っていません。それでも、「じぶんのよていを かきこむため」という言葉が子どもから出てきました。

あなたの教室で、子どもが知らないまま教師だけが知っている予定は、どれくらいあるでしょうか。渡してみると、子どもは思っていたより早く使い始めます。

けーわい先生
小学校教員
1987年生(メッシ世代)
ハウツーよりもコンセプト
子どもを主語に教育活動を!!
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